CITY POPの源流~ティン・パン・アレーWorks

1973年に結成された「キャラメル・ママ」。結成当初から素晴らしいスタジオワークを残している。1974年7月、「ティン・パン・アレー」に改名しセッション・ユニット志向を強め、1975年には佐藤博も参加し、幅広いジャンルで数多くの名スタジオワークを生み出した。
ちなみに、バンド名「TIN PAN ALLEY」のカタカナ表記は、日本クラウンは「アレー」、日本コロムビアは「アレイ」を用いている。

家へ帰ろう/南正人

作詞:南正人/作曲:南正人

1973年8月リリース、アルバム『南正人ファースト』から。このアルバムは、八王子にあった自宅に機材を持ち込みレコーディングされ、アーシーながら洗練されたサウンドに仕上がっている。バックはキャラメル・ママ、レコーディング・エンジニアは吉野金次。「ファースト」と冠しているが2ndアルバム。ジャケットが衝撃!
 

勝手にしやがれ/南佳孝

作詞:松本隆/作曲:南佳孝/編曲:松本 隆、矢野 誠

1973年9月リリース、南佳孝の1stアルバム『摩天楼のヒロイン』から。このアルバムは、松本隆初のプロデュース作品で、キャラメル・ママがレコーディングに参加している。1曲ごとに映画を観ているような架空の都市の物語が綴られていく。フォーク・ソング全盛の時代に、全く違う「東京の音楽」を創ろうとしたそうだ。CITY POPという言葉もなかった1973年にCITY POPの名盤は生まれていた。
 

扉の冬/吉田美奈子

作詞:吉田美奈子/作曲:吉田美奈子

1973年9月リリース、1stアルバム『扉の冬』から。全曲が吉田美奈子の作詞・作曲。Pianoも吉田本人で、バックがキャラメル・ママの4人。プロデュースは細野晴臣、吉田美奈子、吉野金次とクレジットされている。アルバム発売日の1973年9月21日は、文京公会堂で開催されたはっぴいえんどラスト・ライブ「CITY – LAST TIME AROUND」と同日で吉田も出演した。また、収録曲「ねこ」「扉の冬」はシングル・カットされ同日に発売された。
 

ひこうき雲/荒井由実

作詞:荒井由実/作曲:荒井由実/編曲:荒井由実、キャラメル・ママ

1973年11月リリース、1stアルバム『ひこうき雲』から。1971年高校生の時に「愛は突然に」で作曲家デビューしていた彼女がキャラメル・ママのバッキングで制作した1stアルバム収録曲。表題曲「ひこうき雲」は、2ndシングル「きっと言える」のB面だった。元々は、雪村いづみのために書き下ろされた楽曲だったが発売に至らず、彼女自身の歌唱によってリリースされ、後に多くのアーティストにカヴァーされる名曲となった。
 

雨のステイション/荒井由実

作詞:荒井由実/作曲:荒井由実/編曲:松任谷正隆

1975年6月リリース、3rdアルバム『COBALT HOUR』から。松任谷正隆が全曲をアレンジ、演奏はティン・パン・アレーの面々が中心で「卒業写真」や「ルージュの伝言」など名曲揃いのアルバム。彼女の著書によれば、「雨のステイション」はJR青梅線の西立川駅を歌っているそうで、駅の発車メロディにもなっている。昭和記念公園前にはこの曲の記念碑も建てられている。
 

昔のあなた/雪村いづみ

作詞:山上路夫/作曲:服部良一/編曲:キャラメル・ママ、服部克久

1974年7月リリース、アルバム『スーパー・ジェネレイション』から。作曲家・服部良一の作品を、子息の服部克久とキャラメル・ママのニュー・アレンジでカヴァーしているアルバム。雪村いづみの磨きがかかったヴォーカルとバックのキャラメル・ママの名演奏が印象的。「昔のあなた」は、このアルバムの為に書き下ろされた唯一の曲で、作詞は歌謡曲からフォーク、ポップスまで手掛けていた山上路夫。「銀座カンカン娘」「蘇州夜曲」など名曲が並ぶこのアルバムの中から「東京ブギウギ」がシングルカットされB面は「昔のあなた」だった。
 

しらけちまうぜ/小坂忠

作詞:松本隆/作曲:細野晴臣/編曲:細野晴臣、矢野誠

1975年1月リリース、アルバム『HORO』から。日本のR&B、ソウル・ミュージックの原点とも言われるこの名盤は細野晴臣のプロデュース。レコーディング・ミュージシャンは、ティン・パン・アレーの4人とKey.矢野(鈴木)顕子、Cho.吉田美奈子、大貫妙子、山下達郎、Strings&Hornアレンジが矢野誠という豪華布陣。2019年2月には、リマスタリングされアナログ盤で復刻された。また、当時シングルカットされた甘いフリーソウル・ナンバー「しらけちまうぜ」は、1978年に桑名正博が、1995年には東京スカパラダイスオーケストラfeat.小沢健二がカヴァーしている。
 

恋はメレンゲ/大瀧詠一

作詞:大瀧詠一/作曲:大瀧詠一

1975年5月リリース、大瀧詠一の2ndアルバム『NIAGARA MOON』から。シュガーベイブのアルバム『SONGS』に続き、ナイアガラ・レコードからの第二弾アルバムとしてリリースされた。1stアルバムは「はっぴいえんど」の香りが残っていたが、このアルバムは多彩なリズムにユーモアがのったノベルティソングが詰まっている。
『NIAGARA MOON』の評論が渡辺プロダクションの人の目に留まり、それがきっかけで沢田研二に楽曲提供をすることになったらしい。本人によると、このアルバムに収録されている「シャックリ・ママさん」をベースにリズミカルにアレンジし直したものが沢田研二に提供した「あの娘に御用心」だそうだ。
 

あの娘に御用心/沢田研二

作詞:大瀧詠一/作曲:大瀧詠一/編曲:大瀧詠一

1995年3月リリース、大瀧詠一作品集『EIICHI OHTAKI Song Book II』から。このアルバムは、1971~1988年の大瀧詠一の提供曲・プロデュース曲を集めたコンピレーション盤だが、本人のライナーノーツによれば、1975年12月にリリースされた沢田研二の7枚目のアルバム『いくつかの場面』に収録されているヴァージョンは誤ってリハーサル・テイクを使用して最終ミックスをしてしまったとのこと。それから18年たった1993年、大瀧が自宅でテープを整理している際、当時のスタジオ音源を聴き初めてミスに気付き、OKテイクのヴォーカルをリミックスし『Song Book II』に収録したとのこと。演奏はティン・パン・アレー、Cho.が大瀧詠一と山下達郎という豪華布陣。ちなみに、1976年10月にリリースされた大瀧のアルバム『GO! GO! NIAGARA』でセルフ・カヴァーしている。
 

愛は幻/大貫妙子

作詞:大貫妙子/作曲:大貫妙子/編曲:山下達郎、大貫妙子

1976年9月リリース、1stアルバム『Grey Skies』から。学生時代に三輪車というフォークグループに参加していた大貫妙子が、四ツ谷・ディスクチャートで山下達郎と出会い結成したシュガー・ベイブ。1976年に解散した後にレコーディングされた1stソロ・アルバム。女性シンガー・ソングライターの原点であり、日本のCITY POPの一つの完成形でもある作品。レコーディングには、細野晴臣、鈴木茂、林立夫、佐藤博、山下達郎、坂本龍一、矢野誠らが参加。「愛は幻」と「約束」、「時の始まり」は、シュガー・ベイブ時代のレパートリーだった。
 

バイ・バイ・ジェット/いしだあゆみ&ティン・パン・アレイ・ファミリー

作詞:橋本淳/作曲:細野晴臣/編曲:細野晴臣、萩田光雄

1977年4月リリース、アルバム『アワー・コネクション』から。ティン・パン・アレイ・ファミリーがサポートして制作された歌謡界のスター・いしだあゆみのアルバム。作詞は全曲ともプロデューサーでもある橋本淳、作編曲は細野晴臣と歌謡系の作家・萩田光雄。演奏はティン・パン・アレイ中心だが松任谷正隆は不参加。この曲では吉田美奈子と山下達郎がCho.で参加していてなんとも豪華だ。
 

ムーンライト・ジルバ/やまがたすみこ

作詞:松本隆/作曲:鈴木茂/編曲:鈴木茂

1977年7月リリース、アルバム『FLYING』から。プロデューサーに松本隆、アレンジャーに鈴木茂を迎え、細野晴臣、佐藤博、伊藤銀次らが楽曲を提供し、ティン・パン・アレー系ミュージシャンと作り上げたやまがたすみこの通算8枚目のアルバムからシングルカットされた「ムーンライト・ジルバ」。本作の前年には、構成と演出を大瀧詠一、アレンジと演奏をムーンライダーズが担当したライヴ盤『SUMIKO LIVE』もリリースされている。
 

 

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